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【おすすめ書籍】太宰治のダスゲマイネを永久に読んでいたくなる理由

      2017/06/02

文学にしろ、映画にしろ良い作品というのは「終わってほしくない」と思わせるものだね。

いつまでもその作品の世界に浸っていたい・・・

 

太宰治のダスゲマイネもそんな中毒性の高い作品の1つだ。

タイトルはドイツ語のdas Gemeine(通俗性・卑俗性)と津軽弁の「んだすけまいね」(だからダメなんだ)のダブルミーニングだと言われている。

 

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4人の青年

登場人物である4人の青年のやりとりや会話がめちゃくちゃ面白くて、ストーリーというよりはその登場人物の使う言葉の面白さと世界観だけで作品を成り立たせ、読む者を魅了している。

そこがこの作品の最大の魅力であるし、太宰の天才たるゆえんだろう。

だから、それを味わいたくて何度も読んでしまうのだ。

登場人物は佐野次郎、馬場数馬、佐竹六郎、太宰治の4人の青年と甘酒屋の女の子、菊ちゃん。

 

佐野次郎

主人公である佐野次郎(あだ名)の長所といえば語学が得意なくらいで、芸術家ではないが、純粋な青年である。

 

物語は彼の「娼婦に失恋した」という告白からはじまる。

太宰自身の女性との心中、自殺といった面を象徴する人物で純粋に馬場の才能を信じ、菊ちゃんに恋もするが、死んでしまう。

 

馬場数馬

馬場は自称音楽家で音楽学校を卒業せずにずっと在籍している。

人が人を試みるのは許せないという理由で試験を受けないからだ。

持ち歩いているヴァイオリンケースも中は空っぽらしいが、これも現代のシンボルだと言って平気な顔をしている。

滝廉太郎という匿名で荒城の月を書いて山田耕作に売ったとか、来日したフランスの偉大な音楽家と一夜語り明かしたとか言って佐竹にホラ吹き扱いされている。

 

いわゆる典型的な「まだ本気出してないだけ」の芸術家気取り野郎なのである(笑)

太宰の持つユーモラスな面と自意識過剰を象徴した人物といえるし、一番良くしゃべる奴。

外見は

シューベルトに化け損ねた狐

引用元:ダスゲマイネ – 太宰治

 

佐竹六郎

馬場と佐竹は親戚でもあり、画家で自分の描いた絵を売って生計を立てているようである。

口だけで中身のない馬場を軽蔑している。

 

生きていく術を持っているという点で佐野次郎、馬場とは決定的に違う存在でお互い相容れることもない。

作品を売って糧を得て生活する、そんな佐竹を馬場は軽蔑している。

生きていくための市場の作家、卑俗性を持つ太宰を象徴した人物だろう。

 

佐竹の顔は肌理きめも毛穴も全然ないてかてかに磨きあげられた乳白色の能面の感じであった。

瞳の焦点がさだかでなく、硝子ガラス製の眼玉のようで、鼻は象牙ぞうげ細工のように冷く、鼻筋が剣のようにするどかった。眉は柳の葉のように細長く、うすい唇はいちごのように赤かった。

引用元:ダスゲマイネ – 太宰治

 

このようにダスゲマイネでは人物の容貌の描写もすばらしく、楽しめるポイントだ。

 

太宰治

なんと新進気鋭の小説家として太宰治自身も登場する。この上なく嫌な奴として描かれる太宰。

それはあくまで馬場の主観であるが、佐野次郎も同様に悪いイメージで太宰を見ている。

 

ある意味純粋に芸術を夢見る馬場や佐野次郎に対し、この人物は完全に世俗に迎合しつつも芸術家の皮を被る悪魔のような存在として描いている。

自らの悪魔性を象徴した存在といえるだろう。

 

海賊の創刊

佐竹や太宰のように自分の作品で生計を立てている2人は、なにもしていない馬場にとっては憎悪の対象になってしまう。

 

「まだ本気出してないだけ君」の馬場が満を持して事を起こそうと「海賊」という文芸雑誌の発行を企てる。

その立ち上げの仲間がこの4人なのであるが、結局は馬場と太宰の仲たがいで発行の計画は開始前に沈没してしまう。

 

馬場を嫌う佐竹が太宰をけしかけたのか、結局は怖気づいた馬場が自ら計画を壊しただけなのかはわからないが、もはやそれすらどうでもいいことである。

 

4人の青年はいずれも作者である太宰の分身と思われるが、その存在自体が芸術品である佐野次郎・馬場組 VS 市場の芸術家として描かれる佐竹・太宰組という対立構造と見ることもできる。

 

突然のコーダ

才気走った4人の交響曲とも不協和音ともつかない物語は、佐野次郎の突然の事故死によって終章を迎える。

 

走りながら彼の唯一の創作といえるくだらない詩を口走りながら

頭がわるいから駄目なんだ。だらしがないから駄目なんだ。

引用元:ダスゲマイネ – 太宰治

というダスゲマイネのもう1つの意味を呈示したところで電車にはねられてしまうのだ。

 

馬場は菊ちゃんにその事を伝え、佐竹を幻燈の街へ遊びに行こうと誘う。

そして作品は佐竹の「箱のように無表情な」言葉で幕を閉じる。

 

人は誰でもみんな死ぬさ

引用元:ダスゲマイネ – 太宰治

 

大げさなストーリーなどに依らず読者を引き込み、読んでいる者の内側にだけ存在する、ずっと読んでいたい小説・・・

そんな要素を兼ね備えた、このダスゲマイネこそがまさにぼくにとっての「これぞ小説」文学の見本なのである。



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