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ジョン・レノンも愛した究極のカルトムービー 彼の名はエル・トポ

   

The mole is an animal that digs passages searching for the sun. Sometimes he reaches the surface. When he looks at the sun he goes blind.

(モグラは穴を掘って太陽を探し、 時に地上へたどり着くが、太陽を見たとたん目は光を失う)

 

いわゆるカルト・ムービーファン、サブカルな人達の世界で知らない人はいない伝説の映画、エル・トポ

その冒頭の詩である。

 

ぼくがキューブリックの時計仕掛けのオレンジや2001年と同様に何度も観た映画の1つ。

まずこの映画について書くにあたり、以下のような方は決してこの映画を観てはいけないとお断りしておこう。

精神衛生上よくないし、123分の無駄である。

  • 心臓の弱い方
  • 暴力、血、動物の死骸など、映画の中の事といえど見たくない方
  • ハリウッドの超大作、ディズニー映画などをこよなく愛する方
  • ストーリーの起承転結がハッキリしていないとイヤな方
  • いわゆるフリークス(奇形の方)を見るのがイヤな方

 

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あらすじ

ストーリー・・・と言ってよいのかわからないが、大きく前半と後半に分かれている。

前半の主人公エル・トポはハッキリ言って悪魔。

無慈悲で傲慢、自らを神と称するイカレたガンマンである。

 

プロローグ〜創世記

砂漠を幼い息子と旅をしているエル・トポ

なぜか息子だけフルチンだ(笑)

ちなみにエルトポを演じるのは監督アレハンドロ・ホドロフスキー自身であり、フルチンの息子は監督の実の息子。

 

もう7歳だから一人前だ、クマさんのぬいぐるみと母親の写真を埋めろと、なかなか厳しい教育方針のようである。

 

言われたとおりにぬいぐるみと写真を埋め、砂漠を去っていくロングショットは映画史上稀に見る美しいシーンの1つだ。

 

オープニング・クレジットの後、突如大量虐殺された村のシーンが始まるので健全な御仁はここでギブアップ(笑)

バックに流れる家畜の鳴き声のような音とハエの羽音のような音が、シーンの不気味さに拍車をかける。

 

村を虐殺した一味、3人に絡まれるエル・トポだが、早打ち勝負でなんなく2人を射殺。

非道の限りをつくすグループのリーダーである大佐と呼ばれる男の居場所を突き止める。

修道院のシーンはさながらフェリーニとパゾリーニをいい具合にブレンドしたような感じだ。

 

この一味が楽しんでいるシーンはここには書けないが、もうムチャクチャである。

 

一味がふざけているところにエル・トポが殴り込んでくるのだが、ちゃんとフルチンの息子も手伝っている所が面白い(笑)

 

四人の達人

俗物の大佐を去勢して自害させたエル・トポ。

大佐に飼われていた女を自分のものとし、息子は捨ててしまう。

 

次々と奇跡を起こしながら放浪の旅を続けるのだが、

「愛しているなら砂漠にすむ四人の達人を倒して!」

と女にそそのかされ、その気になるエル・トポだった(笑)

 

四天王を倒す・・・ここは往年の少年漫画「魁!!男塾」や「北斗の拳」を彷彿させる設定でワクワクする^^

盲目のヨガ行者

1人目は悟りを開き、痛みも感じない盲目のヨガ行者。

手のない男と足のない男のコンビを従えている。

手のない男が足のない男を肩車するような形でお互いを補って生活しているようだ。

 

エル・トポはまともにやりあっては勝てないと知るが、女は絶対勝ってと言う。

行者に隙を作るため、なんと落とし穴を掘ってそこへ落とすというガンマンにあるまじき卑怯極まりない作戦にでるのだ(笑)

まんまと穴に落ちた行者をぶち殺したエル・トポ。

その卑怯なやり方に怒り狂った従者を女が撃ち殺し、葬り去る。

 

いつの間にやら謎の女ガンマンが・・・

 

マザコンの職人

首尾よく1人目を倒したエル・トポは2人目を倒しに向かう。

女ガンマンが居場所を知っているというのだ。

 

2人目は無我の境地に達した職人であり、早撃ちでは誰にも負けないという。

どのような精密な作業もなんなくこなす。

しかし砂漠で毛皮を着て、ライオンを飼っているというちょっとヤバイ感じではある(笑)

 

エル・トポもマネしてやってみるが、もちろんうまくいかない。

ブチぎれたエル・トポだが、相手の弱みが母親であるということを職人の言葉から知ってしまう。

またしてもエル・トポは卑怯な作戦を講じる。

母親にケガをさせ、職人が動揺したところをさらに背後から撃つ、というクズ以下の所業で2人目を仕留める。

 

うさぎを愛する男

3人目はうさぎと音楽をこよなく愛する男。

大量のうさぎを飼っているのだが、エル・トポの邪悪な気が住み家に近づいてくると、うさぎは次々と死に始めてしまう。

近づいただけでうさぎが死ぬエルトポ・・・恐るべし。

ちなみにこの大量のうさぎの死骸はホンモノであり、スタッフが流れ作業のように淡々と殺していったらしい・・・

 

この達人の銃には1発しか弾が入っていないという。

1発あればじゅうぶんなのだ。

 

有無を言わせず達人はエル・トポの心臓を撃つが、なんとエルトポはそれを見越して胸に鉄板を入れていたのだった。

エル・トポは「荒野の用心棒」を観ていたのだろうか(笑)

 

「完璧過ぎるのが欠点だったな」ともっともらしい捨て台詞を残して去っていく。

 

ラスボス仙人

とうとう4人目のたどり着いたエル・トポ

ラスボスは道を究め尽した仙人である。

もはや銃すら持っていない。

銃は虫取り網と交換してしまったので、対決もできないという。

 

エル・トポは指一本触れることもできず、銃で撃っても虫取り網で弾を弾き返されてしまうという達人ぶり。

次に撃ってきたらその弾を心臓にはじき返すぞと警告する仙人に、エル・トポは情けないことに命乞いをする始末。

 

わしを殺しても意味はないぞと説く仙人は、エル・トポから奪った銃でなんと自殺を遂げるのだった。

 

自分のしてきたことに意味を見いだせなくなったエル・トポは、銃も捨ててしまう。

そして女2人にも捨てられるのだった、かつて自分の息子を捨てたように・・・

 

詩編

フリークス(奇形者)達に助けられたエル・トポは長い眠りの後、フリークスたちの住む洞窟の中で目覚める。

そこは健常者でないと外に出られないような場所で、何年もの間近親相姦を繰り返した結果、フリークスの集落と化していた。

そこでエル・トポは神と祀られていたのだった・・・

エル・トポは彼らを外に出すことを自分の使命とするのだ。

 

ここからは冒頭の詩と結びつく重要なシーケンスなので、見ていない人のために詳細は書かないが、前篇から生まれ変わったようなエル・トポの行いと、衝撃のラストまで名シーン満載なのだ。

 

最後に

時計仕掛けのオレンジと共にこの映画は、ぼくに映画を観る上でのとても大切なことを教えてくれた。

  • 誰もが目を覆うような素材でも、監督の主観によって美しく描かれ得るということ。
  • 一般常識やモラルに縛られた偏見はリセットし、フラットな状態で観なければならないということ。
  • ストーリーや表現の意味が分からないところがあっても、作品は楽しめるということ。

 

当時の映画会社も、「この映画はスゴイがとても一般公開できない」とニューヨークの劇場で深夜にひっそり上映されていたという。

当然宣伝もなかったんだけど、口コミだけで半年のロングランとなった。

 

ジョン・レノン、寺山修司、アンディ・ウォーホールといった著名人に絶賛され、ジョン・レノンに至っては本作品と次回作にあたる「ホーリー・マウンテン」の配給権まで取得して、一般公開してしまった。

だからプロデューサーはビートルズ最後のマネージャー、アラン・クラインになっている。

 

・・・が、グロい、残酷、動物虐待、同性愛、反宗教的(ともとれる)と非難される要素満載で、当然大半の一般客には理解されずブーイングの嵐。

わずか3日で上映打ち切りになったという(笑)

でもジョンが公開してくれなかったら、ぼくはこの作品を観ることはできなかったかもしれないね。

 

エル・トポの魅力を一言で伝えることなど到底できないが、あえて言うなら

「高尚な概念と卑俗性が境界線なく交錯し、かつエンターテインメント性を兼ね備えた美しさを」

であると言っておこう。

 

この作品を好むにせよ嫌うにせよ、観る者の魂に揺さぶりをかける作品であることは間違いない。

 

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