シンガーのための英文法 冠詞と名詞 その1

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みんな元気か、トミー(@TomoyaTommy1203)だ。

 

ある曲の世界を表現する要素には様々なものがある。

メロディであったり、ハーモニーであったり、リズムであったり、曲のアレンジであったり、使われる楽器の音色であったり、歌手の歌声であったり・・・

いわゆる歌モノと言われる楽曲では、最も直接的に世界を表現しているのは「歌詞」だろう。

 

シンガーにとって歌詞というのは、その楽曲を歌唱表現するにあたって最重要な要素かもしれない。

歌唱中はいやでもその歌詞に描かれた世界をイメージして歌うことになるからね。

 

日本人のシンガーにとって、当然日本語の歌は母国語であるからイメージしやすい。

ところが英語の歌となると、日本語のようにカンタンにはいかないよね。

ヘタをすると全くどういう歌なのかわからずに歌っているということもありえるし、ただの音として歌うこともモチロンできる。

ただ、できることなら日本語の歌同様、英語の歌も歌詞のイメージをできるだけ忠実に描きながら歌いたいものである。

 

ということで、僕たちのように英語の歌をうたう人が、歌詞をイメージする時に壁となりそうなポイントを見ていきたいと思う。

まずは日本人大の苦手、冠詞 [a, the] と名詞の関係に注目してみたい。

 

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英語における名詞の世界

ある言語が持っている世界観、その言語の土台となる理論というのは、それを使う人々の世界観、モノの見方そのものだ。

英語と日本語というのはかなり世界観の違う言語だよね。

 

それは言葉のルール、使い方にハッキリ表れていて、日本語文法にない英文法項目、またその逆も多い。

その中でも「名詞」の扱いに関する世界観の違いは、ぼくたち日本人が英語の歌を理解しようとした時に、最もやっかいで理解しにくい違いだと思う。

不定冠詞 [a] など、こんなハナクソみたいな語(失礼)の有る無しで言葉の意味が全く変わるなんてことは夢にも思わない。

 

ビートルズの曲で

ではビートルズの Penny Lane(ペニーレイン)で名詞の世界を見てみよう。

ポールの曲は比較的一般名詞がたくさん出てくるからね。

 

ついでにシングルでカップリングのもう1曲 Strawberry Fields Forever の歌詞を見直してみてびっくりした。

一般的な名詞と言えるのは、tree と dream の2語のみ。

 

今まで歌っててもあまり意識してなかったけど、言葉の面でもここまで対象的な2曲だとは・・・

ストロベリーは一般名詞はほとんど出てこなくて、幻想的でなんとも曖昧な靄のかかった世界観

ペニーレインは描写も写実的で、サウンドもクリーンではっきりしているね。

 

In Penny Lane, there is a barber  showing photographs

冒頭の一節には一般名詞が2つ

barber 美容師(理髪師)

photographs 写真(複数)

a barber というふうに a (不定冠詞)がついてるね(ついているという表現がすでに間違いなんだけど)

barberを1軒の理髪店という店舗のように訳している和訳も多いけど(ぼくも)直後に he という代名詞があることから barber は1人の美容師を指していることがわかる。

 

ちなみにぼくたち日本人は英文法の話をする時に「名詞に a か the を付ける」という言い方をするけど、ネイティブに言わせるとこの考え方がすでに英語脳ではないらしい。

語順からしても先に冠詞があるわけだから、後ろの名詞に冠詞付いているんじゃあなくて、a か the もしくは冠詞なしによって意味的カテゴリーが決定し、後ろに続く名詞がそのカテゴリーに入れられて意味が決定する・・・

という感覚が英語的思考のようだ。

a や the は名詞に付くものではないんだね。

 

不定冠詞 a の世界に入る名詞は、はっきりと形のある1つ2つと区別して数えられるモノですよ。

そして、その時点ではある特定のものを指してるわけではなく、数ある中のどれでもいいから1つ、もしくは一般概念としてのそのモノという感覚。

 

美容師さんは当然1人、2人と数えられる形ある存在で、ペニーレインには他にも美容師さんがおり、ここではその中の1人のことを指しているから a

there is (are) の文は人やモノを初めて話題に引っ張ってくる時の言い方で、

話す人と聞く人が了解しているモノを指す the は使わない

there is the barber….という言い方は英語のロジック的に矛盾してるということだね。

 

写真は何枚もあって複数形になっているから、1つを表す a はない

このへんも日本語ではあまり気にしないところだ

写真が1枚だろうが、何枚あろうが、日本語では「写真を見せる」という言い方になる。

 

その代わり日本語では

「モノによって数える時の単位が違う」

という外国人にとっては超やっかいなルールが存在する。

写真は1枚、2枚・・・車は1台、2台・・・

 

英語は日本語よりもモノの存在をよりハッキリと所在や数を意識して表現するようだ。

日本人的感覚からしたら、数が重要になるときは「1枚の写真」「2枚の写真」って数を言えばそれでじゅうぶん表現できるやんって思うんだけどね^^;

 

複数形に注目するとサビ終盤の節

There beneath the blue suburban skies

「この田舎の青空の下・・・」の空が複数形になっているね

ん?・・・空って数えられるもんだろうか?

 

これは英語話者の土台となる理論というか意識の問題で、もし

the sky is blue

と言った場合、太陽のように唯一この世に存在する、絶対的存在としての「空」と捉えている。

 

skies と複数で表現したそのココロは、「今日の空と明日の空は違う」という意識。

つまり明日は曇りかもしれない、晴れていても空の様子は違うだろう。

という1日1日で数えられる単位として、変化する「空」を表現したいから skiesなのだ。

 

このような名詞に対する表現の豊かさ、正確さは名詞がどのカテゴリーに入っているのかを表す冠詞や、単数・複数の違いを意識することで、歌のイメージはぐんと広がる。

 

もう一つ、複数がらみの言葉で意識の違いを感じるのが

The four of fish and finger pies

「4匹の魚」という場合、なんで fishes という複数形を使わないのか?

英語では単数形と複数形の区別がない言葉がたまにある

sheep(羊)や deer(鹿)もそうだ

 

これもそのモノに対する見方の違いである。

羊や魚は彼らにとって群れているのが基本であり、1匹で存在するという意識が極めて低いから、言葉もそうなったのだろう。

牧場に1匹だけ飼われている羊など考えられないのである

ちなみにfish を fishes と複数形にした場合、数種類の魚がいるという表現になる

たいていは four kinds of fish という表現をするみたいだけどね。

 

ということで今日はこのへんで・・・

ガラスのタマネギは砕けない
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