みんな元気か、トミー(@TomoyaTommy1203)だ。
後世に名を残すような偉人の名言というのは、大半がポジティブで希望やパワーに満ちているものである。
自分自身を信じてみるだけでいい。きっと、生きる道が見えてくる。
ゲーテ
夢中で日を過ごしておれば、いつかはわかる時が来る。
坂本龍馬
うん、力強く、実にポジティブこの上ないね。
ポジティブ・シンキングの限界
しかし、このような能天気ともいえるポジティブ・シンキング一辺倒で救える状況というのは、実は少ないのではないだろうか?
「自分自身を信じてみるだけでいいだと?それができなくなったから落ち込んでるんだろうが!」
「夢中で日々を過ごせるくらいなら苦労せんわ!」
という感じで偉人とやらにツッコみたくなる。
しかし、この人は違う
そう、フランツ・カフカその人である。
チェコ出身でドイツ語で小説を書いた文学者カフカ。
生前は公私とも何事にも成功せず、失敗ばかりのカフカ。
そして失敗から何も学ばず、失敗し続けたカフカ。
長編小説もどれも途中で行き詰まり、未完のカフカ。
それでも死後に評価され、20世紀文学の最高峰とも言われる偉人となったのだ。
そんなカフカの名言は、名言というよりほとんど自分や日常に関する愚痴である。
その底抜けのネガティブさは、ちょっとやそっとのネガティブや絶望気取りのかまってちゃんなど吹き飛ばす勢いなのだ。
ラブレターすら
カフカは結婚を申し込んでいた彼女、フェリーツェへのラブレターの中でこのように書いている。
将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。
将来にむかってつまずくこと、これはできます。
いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。
はい、出ました、ネガティブ名言。
結婚を考えている女性への手紙でこの絶望的発言!
何を考えているんでしょう?
しかし、このネガティブさが功を奏したのか、なんとフェリーツェはカフカと婚約するのだ。
今も昔も、何がウケるかわかったものではないのである。
またフェリーツェの親父さんにあてた手紙には、自分の仕事に関してこのように書いている。
あなたはお聞きになるかもしれません。なぜぼくがこの勤めを辞めないのかと。
なぜ文学の仕事で身を立てようとしないのかと。
それに対して、ぼくは次のような情けない返事しかできないのです。
ぼくにはそういう能力がありません。
おそらく、ぼくはこの勤めでダメになっていくでしょう。
それも急速にダメになっていくでしょう。
恋人のみならず、その親父にまでこの将来性全否定のネガティブ・プレゼン・・・
さすがカフカ
しかし親父にの手紙を渡すように言われたフェリーツェは、渡さなかったらしい(笑)
ちなみにフェリーツェは2度カフカと婚約して、2回ともカフカの方から婚約を解消されている・・・
心が弱すぎて、結婚に踏み切れなかったようである。
人と関わらないのが吉
坂本龍馬などは、他人と関わってナンボという考えで、国のために奔走した人であるが、カフカは違う。
人と関わらなければ何も問題は起きないと考える人なのだ。
ぼくはひとりで部屋にいなければならない。
床の上に寝ていればベッドから落ちることがないのと同じように、ひとりでいれば何事も起こらない。
トラウマ
トラウマというのは誰にでもあるものだ。
例えば、好きだった子にフラれた記憶が忘れられず、しばらく恋はできないとか。
ぼくは本当は他の人たちと同じように泳げる。
ただ、他の人たちよりも過去の記憶が鮮明で、かつて泳げなかったという事実が、どうしても忘れられない。
そのため、今は泳げるという事実すら、ぼくにとってはなんの足しにもならず、ぼくはどうしても泳ぐことができないのだ。
今泳げるにもかかわらず、昔泳げなかった記憶のために泳げない・・・
意味が分かりません。
トラウマの影響範囲が我々凡人とはケタ違いです。
幸せになる唯一の方法とは
このようなネガティブ名人・カフカが考える幸福とはなんであろうか?
それもカフカ自身が明確に答えてくれている。
幸福になるための、完璧な方法がひとつだけある。
それは、自己の中にある確固たるものを信じ、しかもそれを磨くための努力をしないことである。
なるほど・・・磨こうと思わなければ、努力しなければ、不幸や不満が生まれることもないという、実にネガティブな発想である、あっぱれ!
このようなネガティブな名言の数々を読んでいるうちに、オレも悩んではいるが、ここまで絶望的じゃない・・・と気持ちがラクになることはないだろうか?
では最後に、ぼくが一番と思うカフカのネガティブ名言でおわかれしよう。
ぼくの人生は、自殺したいという願望を払いのけることだけに、費やされてしまった。
ちなみにカフカは自殺を試みたことはない。